大津地方裁判所 昭和41年(行ウ)3号 判決 1969年4月09日
原告 岡田清
被告 大津市長訴訟承継人大津市公営企業部長
訴訟代理人 広木重喜 外三名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告―「大津市の滋賀刑務所に対する水道料金につき、同刑務所新施設使用開始より三年間その六割を被告において減額する措置を差止める。被告が滋賀刑務所に対する水道料金の六割減額分につきその徴収を怠つている事実が違法であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決。
二、被告―「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決。
第二、原告の請求原因
一、滋賀刑務所は昭和四一年四月旧所在地大津市本丸町(旧滋賀郡膳所町)より同市石山寺辺町に移転したが、これに先立つ昭和三七年五月一五日大津市長は滋賀刑務所長に対し、同刑務所が新施設に移転の日以後同刑務所で使用する大津市水道料金について、使用開始の日から三年間その六割を減額する旨を約し、大津市は右約定に基づき、右移転の日たる昭和四一年四月二五日以降滋賀刑務所に対する水道料金の六割を減額して現在に至つている。
二、しかし大津市の右水道料金減額措置は、地方財政法第一二条および同法第二四条に違反する違法の措置である。即ち、(一)、前者についていえば、同法第一二条は、地方公共団体が処理する権限を有しない事務に要する経費については、原則として国は地方公共団体にその経費を負担させてはならない旨を定め、その経費の一つとして「行刑に要する経費」を挙げている。本件水道料金は滋賀刑務所において使用する水道の料金として、右「行刑に要する経費」に当るところ、その水道料金の六割を減額することによつて、その減額分を大津市において負担するに至つたものであるから、右措置は明らかに地方財政法第一二条に違反するものである。(二)、後者についていえば、地方財政法第二四条は、国が地方公共団体の財産又は公の施設を使用するときは、国においてその使用料を負担しなければならないこと、但し当該地方公共団体の議会の同意があつたときはこの限りでない旨を規定している。従つて、大津市が滋賀刑務所に対し本件水道料金の減額をなすには、大津市議会の同意が必要であるにもかかわらず、右議会の同意を得ていないから、本件水道料金減額措置は、右地方財政法第二四条但書に違反するものである。
三、そこで原告は昭和四一年九月八日大津市住民として、地方自治法第二四二条第一項に基づき、大津市監査委員に対し、大津市長違法行為禁止措置請求をなしたところ、右監査委員より同年一一月二日付書面をもつて、請求にかかる違法事実は認められない旨の通知を受けた。
四、しかし右監査委員の回答にもかかわらず、本件水道料金減額措置の違法であることは前述のとおりであり、現在直ちに右減額措置を差止めない限り、大津市に回復困難な損害を生ぜしめるおそれがある。即ち、右違法な減額措置の継続により、水道料金の徴収が五年の消滅時効により徴収しえなくなるおそれがあるのみならず、公益の代表者である被告が議会の同意を得ず、市の利益を考慮することなくして、市財政の負担を増加させているその政治的姿勢そのものが著しく不当であり、これを放任するときは、種々の不正を発生させ、今後も大津市に対し損害を与えるおそれがある。よつて原告は被告に対し、本件水道料金減額措置の差止めと、水道料金の六割減額分につきその徴収を怠つている事実の違法確認を求めるため、本訴に及んだ。
五、なお、従来大津市水道事業の代表者は大津市長であつたところ、昭和四三年三月三〇日改正「大津市水道事業およびガス事業の設置等に関する条例」第三条、第四条により大津市公営企業部長岡山四郎が右水道事業管理者として任命されたので、同人において、従前の被告大津市長の地位を承継する。
第三、被告の答弁
一、請求原因第一項、第三項、第五項の事実は認める。その余の事実は否認する。
二、本件水道料金減額措置は、次に述べるとおり適法なものである。
(一) 大津市が本件水道料金減額措置をとるに至つた経緯。
本件水道料金減額措置は、滋賀刑務所移転問題と密接な関連を有する。即ち大津市が昭和八年旧滋賀県滋賀郡膳所町を合併した際、合併の条件の一つとして、膳所地区の将来の発展のため当時右膳所町に存在した滋賀刑務所を他に移転することが公約されており、爾来大津市としては、その実現のため、政府関係機関に対し、しばしばこれが移転につき要望陳情を重ねてきたが、途次における社会状勢の変動等のため、実現の機会を得ることができずにいたところ、昭和三三年三月大津市都市計画事業が施行されるに当り、旧滋賀刑務所敷地の一部を湖畔道路新設路線の予定地とせざるを得なくなつたところから、懸案の刑務所移転の問題は、前記都市計画事業の実現のためにもその解決を迫られた。そのため大津市議会は全力を挙げて旧滋賀刑務所移転促進運動を行なつた結果、昭和三五年八月これに対する回答として滋賀刑務所長より大津市に対し、刑務所移転候補地を選定するにつき同刑務所が要望する一〇項目の基本条件が示されたが、その中刑務所側が最重要項目として掲げたのは、同刑務所用雑用水として新敷地において一日三〇〇トンを下らない量の地下水が鑿井によつて得られるということであつた。大津市は右の基本条件に従い、直ちに適格地を物色し、大津市石山寺辺町の土地を、附近の滋賀大学敷地の地下用水の汲み上げ状況からみて、地下用水確保の点からも適格地であるとして選定の上買収し、三ケ所にボーリングを施し、地下水脈の探知に努めたが、当初の予測に反し、地下水量一日三〇〇トンの確保は不可能と判定されるに至つた。そのため刑務所移転実現の最重要項目が履行不可能となり、刑務所移転、ひいては都市計画事業の遂行さえも危ぶまれるに至つた。しかし大津市としては、市民多年の要望である刑務所移転の実現が、契約締結を目前にして、用水量確保の困難ということのみで断念することは忍び得ず、法務省、滋賀刑務所と打開策を折衝するうち、たまたま大津市議会において、右石山地区を含む大津市南部開発計画が論議されるに至つたので、大津市長はこれを契機に、右計画の一端として同地区一帯に上水道を敷設することとし、それによつて同地区住民の福祉の増進を図るとともに、刑務所用雑用水としての地下水量の確保に代え、刑務所移転予定地にも右上水道より給水してその水道料金を一時減額することを計画し、これを条件として法務省、滋賀刑務所と折衝した結果、同意を得ることができたので、昭和三七年三月一〇日大津市議会に対し、旧滋賀刑務所移転に伴う予算外義務負担および契約締結に関する議案を提出し、その可決を得た上、同月三〇日滋賀刑務所長、大津財務部長、大津市長の三者間で、「国有財産売払および購入契約」を締結した。かくして滋賀刑務所移転問題はここに円満に解決され、昭和四一年三月滋賀刑務所の新築工事の竣工を経て、同年四月現在地に移転した。
(二) 地方財政法第一二条違反の点について。
地方財政法第一二条は国家財政と地方財政との相互尊重の建前から、国の事務で地方公共団体が処理する権限を有しない事務を行うために必要な経費は、法令に特別の定めがある場合を除いて、国がその全額を負担することとし、地方公共団体に負担を転嫁することを禁止するもので、このような経費の一つとして「行刑に要する経費」が例示されていることは、原告の指摘するとおりである。
しかしながら同法によれば、その第二四条本文は「国が地方公共団体の財産又は公の施設を使用するときは、当該地方公共団体の定めるところにより、国においてその使用料を負担しなければならない」と定めている。この規定は、前記第一二条の規定の趣旨を受けて、同条にいわゆる法令に特別の定めある場合として、公の施設等の使用に関し、その使用料の負担につき特別の定めをなしたものであるところ、右規定によれば、その負担は「当該地方公共団体の定めるところにより」決定される旨定められているのであるから、本件大津市水道事業のような公の施設の使用に関しては、その使用料は「当該地方公共団体の定めるところにより」決定され、負担することとなる。そしてこの点に関し、大津市は水道料金等の負担につき、大津市水道事業給水条例(昭和三三年条例第一六号)を制定施行し、その第四二条第二項において、大津市長が水道料金の減免措置をなしうる場合を定めているのである。
仮に地方財政法第二四条本文を右のように解しえないとしても、更に同条はその但書において、「但し当該地方公共団体の議会の同意があつたときはこの限りでない」と定めている。この規定は、国が地方公共団体の公の施設等を使用する場合においては、原則として国において使用料を負担すべきであるが、当該地方公共団体の議会の同意があつた場合に限り、使用料を減免し得る旨を定めたものである。そして右但書に規定する議会の同意の方法としては、個々の使用ごとになされるいわゆる事件議決の方法によるほか、あらかじめ水道事業給水条例等に、減免し得る場合につき包括的な規定を設けておき、当該要件に該当するかどうかの判断は、これを当該地方公共団体の長に委ねておく方法の、いずれでもよいと解せられるところ、大津市は右地方財政法第二四条但書の趣旨に従い、前記のとおり大津市水道事業給水条例を制定施行し、その第四二条第二項において大津市長が水道料金を減免し得る場合を定めているのである。そして右条例によると、大津市長が水道料金を減免しうる場合として、「公益上その他特別の理由がある」場合を掲げているが、本件水道料金減額措置は冒頭記載のような事情と経緯からみて、右の「特別の理由」に当るものとしてなされたものである。
以上の次第で、本件水道料金減額措置は地方財政法に違反するものではない。
第四、被告の主張に対する原告の反論
被告は、本件水道料金減額措置が地方財政法第一二条に違反しない理由を、同法第二四条の解釈に求めている。
しかし地方財政法第二四条本文にいう「当該地方公共団体の定めるところにより」国が使用料を負担するとは、使用料の金額、徴収時期、方法等につき当該地方公共団体の規定に従うとの意味にすぎない。
又地方公共団体の施設の使用料減免を規定した地方財政法第二四条但書は、特別の合理的理由のあるときになされる議会の個別的な同意を必要要件として、国に対する優遇措置の一般禁止を定めた同条本文に対する例外措置を認めたものである。即ち同条本文は、国による使用料の負担を当然の前提とした規定であり、同条但書は、右国の使用料負担の原則を、議会の個別的な同意(事件議決)を特別要件として、除外できることを規定したものである。これは地方自治の基本原則である地方公共団体の国家権力からの独立性と自律性に則り、住民の直接の監視のもとにおいてだけ、例外措置をとることを認めたものということができる。
地方財政法第二四条についての被告のような解釈は、文言上からも、立法趣旨からも導き出すことはできない。
次に地方財政法第一二条の法意は、同法第二四条但書による議会の同意の有無にかかわらず、地方公共団体が処理する権限を有しない事務を行うために要する経費について、地方公共団体に負担させることを禁止するものであり、被告主張のように第二四条但書を第一二条の特別規定とみることはできない。地方財政法はその第二条第二項において、国は地方財政の自主的かつ健全な運営を助長することに努め、いやしくもその自律性をそこない、又は地方公共団体に負担を転嫁するような施策を行つてはならないという原則を明らかにし、この原則の上に立つて同法第九条ないし第一三条は、事業事務の如何によつて、国、地方公共団体のいずれがどのようにその経費を負担するかを規定しており、かかる規定の中に同法第一二条が位置づけられていることは、同条が名目の如何を問わず、その例示するような事務のための経費については、法令で定めるほか、国は地方公共団体に負担させてはならないという文字どおりの規定であることを示している。又同法第一二条が、第二四条但書を例外規定として考えていないことは、その立法形式において「第二四条但書の場合を除き」等の限定をしていないことによつても裏付けることができる。従つて地方財政法第二四条但書を同法第一二条の特別規定であるとする被告の解釈は誤りである。
更に被告は、本件水道料金減額措置は、大津市水道事業給水条例第四二条第二項の「特別の理由がある」場合に当る旨主張する。
しかし滋賀刑務所移転に伴う予算外義務負担ならびに契約締結につき、大津市議会の議決がなされたのは、昭和三七年三月一〇日であり、右議決に基づき滋賀刑務所、近畿財務局、大津市の三者間で、「国有財産売払および購入」の正式契約がなされたのは同年三月三〇日であるが、右議決ならびに契約には本件水道料金減額措置の内容は全然含まれておらず、その後同年五月一五日に至り、滋賀刑務所長と大津市長との間で本件水道料金減額措置を含む覚書が交換されたのである。即ち本件水道料金減額措置は、これを契約内容に含めることなくして契約を締結した以後において、国が契約内容に含まれていない条件を理由として契約の破棄を匂わせ大津市に対し圧力をかけ、本件減額措置を承諾させたものであつて、右減額措置には何等合理的理由はない。刑務所移転問題は、国においても重大事であるから、立地条件その他について自らの調査をつくすべきで、大津市に全責任を押しつけるがごときは、契約当事者の立場上許されないことというべきである。又大津市としても、水道料金減額という新しい不利な条件については、市民の利益にかかわる問題として、大津市議会の同意を得て行うのが当然である。
以上の事情と理由からみて、大津市においてかかる減額措置をとらねばならない合理的理由を発見することはできないから、本件水道料金減額措置は、大津市水道事業給水条例第四二条第二項の「特別の理由がある」場合に該当するということはできない。
第五、立証<省略>
理由
一、原告が大津住民であること、大津市長が滋賀刑務所長に対し、同刑務所が新施設に移転した日以後同刑務所で使用する水道料金につき使用開始の日から三年間その六割を減額することを約し、右刑務所が上水道の使用を始めた昭和四一年四月より、同刑務所に対する水道料金の六割減額を実施して現在に至つていること、原告が昭和四一年九月八日大津市監査委員に対し、右水道料金減額措置につき監査請求をし、同監査委員より同年一一月二日付書面をもつて、原告の請求は理由がない旨の通知を受けたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで右水道料金減額措置に原告主張のごとき違法が存在するか否かについて判断する。
(一) 地方財政法第一二条違反の有無について。
地方財政法第一二条は、地方公共団体が処理する権限を有しない純然たる国の事務について、国が地方公共団体に対し、それに要する経費の負担を命ずることを禁止した規定である。地方財政法第九条ないし第一一条は、公共的な事務を執行するに要する経費の負担について、その事務の執行による利害の帰属するところに従つて、国と地方公共団体との間におけるその経費の分担を定めたものであるが、本条は、地方公共団体が全然その処理の権限のない純然たる国の事務につき、その経費を負担しないという当然の事理を規定したものである。かかる当然の規定が設けられた理由は、従来の実情として、とかく国がその優越的な地位を利用して、本来国の負担すべき経費を地方公共団体に転嫁する弊害があり、これが地方財政を圧迫するばかりでなく、地方公共団体の本来の事務に向けられるべき一般財源を侵害し、その自治活動に障害を与えるおそれがあつたため、かかる事態を防止することにあつたといえる。国と地方公共団体の事務経費につき、その負担区分を明確にすることは、地方財政法が最も重要視した点であり、このことは同法第九条ないし第二四条までの規定となつて現われているところである。従つてかかる規定の中に位置づけられた第一二条は、国の圧力から地方財政の健全性ひいては地方自治活動を守るための重要な規定というべきである。しかし本条は、あく迄、地方財政の健全性の保持ひいては地方自治擁護のための規定であるから、地方公共団体が一見第一二条所定の経費を負担した如き観を呈していても、その実体がそうでない場合には同条違反の問題は生じないと解する。
これを本件についてみるに、成立に争いのない甲第五号証、乙第一一号証の一ないし三、証人高山年男の証言によつて真正に成立したことが認められる乙第四号証の一、二、六、第五号証、第六号証の一、二、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし四、第九号証、第一〇号証の一ないし三、ならびに証人高山年男、同山田豊三郎、同景山誠三の各証言によれば、本件水道料金減額措置は、滋賀刑務所移転問題と関連し、次のような事情といきさつのもとになされたことが認められる。即ち、旧滋賀刑務所はもと大津市本丸町(旧滋賀郡膳所町)に存在していたが、大津市の発展および同市の都市計画遂行上、これを他に移転させることが必要となり、昭和三三年頃より大津市と刑務所関係当局とが交渉した結果、昭和三五年八月二七日滋賀刑務所長より大津市長に対し、刑務所移転先候補地につき、刑務所側の要望する基本条項として一〇項目が示されたが、右の項目中最重要項目として刑務所側が提示したのは、刑務所用雑用水として、一日三〇〇トンを下らない量の地下水が鑿井によつて得られるということであつたこと、大津市としては右の基本条項を満した適格地を物色した結果、大津市石山寺辺町の土地が附近の滋賀大学の地下用水の汲み上げ状況よりみて、前記地下用水量確保の点からも適格地であるとして、これを選定買収の上、三ケ所にボーリングを施し、地下水脈の探知に努めたが、昭和三七年一月頃当初の予測に反し一日三〇〇トンの地下水の確保は困難であることが判明したこと、前記所要量の地下水の確保が得られなければ、前記石山の土地は刑務所敷地としての適格性を欠くこととなるが、他に適当な土地がなく、又すでに前記用地の買収を終えていた大津市としては、当時石山南部地区に対する給水用として、上水道拡張計画が進められていたのを幸い、その一環として前記刑務所敷地まで右上水道を延長敷設し、同刑務所および附近の住宅に給水することとしたこと、しかしこの場合刑務所側の水道料金等経費負担が加重されることとなるので、それに対する対策として、大津市において本件水道料金減額措置をなすことに決定し、種々交渉の結果、昭和三七年三月三〇日滋賀刑務所長、大津財務部長、大津市長の三者間において、右水道料金減額措置を含む旧刑務所敷地と新刑務所敷地の交換契約が締結されたこと、以上の事実を認めることができる。
以上のような経緯からみると、もし大津市が上水道を敷設しない場合には、石山寺辺町の土地は刑務所用の用水量を確保できない結果、刑務所用敷地としての資格を欠くこととなるから、これが対策として、大津市が前記上水道を敷設給水したことは当然の措置といえる。ところで井戸水を使用せず、上水道の給水を受けることとなれば、刑務所側としては、水道料金等経費の負担の増すことは明らかであるところ、滋賀刑務所移転即ち旧刑務所敷地と新刑務所敷地の交換契約は、当初から刑務所側の必要とする一定量の水が鑿井によつて得られることを条件として交渉されたのであるから、所要量の井戸水が得られない以上、その限りにおいて、大津市としては瑕疵ある土地を交換用として提供したものというべく、従つてそれに基づく刑務所側の損害に対しては、大津市においてこれを補償する責任のあることは、信義則上、明らかである。そして大津市が所定水道料金の六割を一応三年間減額したことは、右損失補償の趣旨でなされたもので、またその減額の程度も一般的評価からみて、刑務所が井戸水を使用する場合の経費と比べ、相当額とみなしてよい。
以上要するに本件水道料金減額措置は、その実体においては、国の経費を大津市において負担したとみるべきではなく、新刑務所敷地の瑕疵に対する損失補償としてなされたもので、大津市が当然その一般財源からの支出によつて、国に対し損失を補償すべきところを、水道料金減額措置をもつて代えたものといえる。従つて本件水道料金減額措置は、その外形のみをみるときは、地方財政法第一二条に違反しているかのごとくであるがその実体をみるならば、右の減額措置は、同条の立法趣旨である地方財政の健全性を害するものではなく、これをもつて同条に違反するものとなすことはできない。
以上の理由により、本件水道料金減額措置が地方財政法第一二条に違反するとする原告の主張は理由がない。
(二) 地方財政法第二四条違反の有無について。
(イ) 被告は、地方財政法第二四条本文によれば、国が負担する使用料は「当該地方公共団体の定めるところによる」旨規定されているところ、本件水道料金減額措置は、大津市水道事業給水条例第四二条第二項に基づいてなされたものであるから、結局地方財政法第二四条本文に基づきなされたこととなり、同条に違反するものではない旨主張する。
しかし地方財政法第二四条が本文のほかに特に但書を設け、使用料を減免しうる場合を規定していることに照らすと、同条本文にいう「当該地方公共団体の定めるところにより」という文言の中には減免の措置は含まれていないと解するのを相当とする。結局同条本文は、使用料の金額、徴収時期、方法等につき当該地方公共団体の規定に従うとの意味にすぎないというべきである。従つて前記被告の主張の右理由は採用できない。
(ロ) 次に、原告は本件水道料金減額措置は、地方財政法第二四条但書に定める当該地方公共団体の同意を得ないでなされた措置であるから違法である旨主張し、被告は、右議会の同意の中には当該地方公共団体の設ける条例をも含むと解し、本件水道料金減額措置は、前記大津市水道事業給水条例第四二条第二項に基づいてなされたから、同条但書の議会の同意があつたものと認むべきであると主張する。
ところで、この点を判断するにつき、参考となるのは、地方財政法第二四条に対比すべき規定として、地方自治法第二三七条第二項(地方財政法旧第八条)が存することである。即ち、地方自治法第二三七条第二項が、普通地方公共団体の財産は「条例又は議会の議決による場合でなければ」、「適正な対価なくしてこれを譲渡し、若しくは貸付けてはならない」旨規定しているのに対し、地方財政法第二四条は、国が地方公共団体の財産又は公の施設を使用するときは、国においてその使用料を負担すべきこと、但し当該地方公共団体の「議会の同意」があるときはこの限りでない旨を定めているのであるが、この両規定を対比してみれば明らかなとおり、地方自治法第二七三条第二項は、地方公共団体がその財産を国以外のものに貸付ける一般的な場合を規定しているのに対し、地方財政法第二四条は、地方公共団体がその財産又は公の施設を国に使用させる特別の場合を規定したものである。ところで、右地方自治法第二三七条第二項は、地方公共団体の財産を正当な対価なくして貸付ける場合の要件として、「議会の議決」のほか、「条例」を掲げているのに対し、地方財政法第二四条但書は、国に対し使用料の減免をなしうるための要件として「議会の同意」のみを掲げている。そして前者の「議会の議決」とは、議会の同意、承認、許可等議会の賛成の議決を指し、後者の「議会の同意」は、右の意味における議会の同意が議決の形で表示されたものを指すと解すべきであるから、両者はいずれも議決による議会の同意(賛成)を指し同一内容のものと解されるところ、この場合の「議決」「同意」は、いずれも地方自治法第二三七条第二項が「議会の議決」と並んで特に「条例」を掲げていることに照らし、いずれも個別的な「同意の議決」を指すものと考える。そして地方財政法第二四条但書において、前記のとおり「議会の同意」のみが掲げられ、「条例」が掲げられていないのは、本条の場合特に「条例」を除いたものと解するのを相当とする。けだし地方財政法第二四条但書は、一般の場合を規定した地方自治法第二三七条第二項に比べ、国に対する使用料の減免については、特にその要件を厳格にしたものとみるべきで、「条例」による一般的包括的な同意を認めない趣旨と解すべく、このことは、地方財政法が前記のとおり国の圧力から地方財政の健全性を守ることを特に重視し、国と地方公共団体との間における事務経費の負担区分につき、明確な規定を設けた精神からみても明らかである。
そうすると、国が地方公共団体の定める使用料の減免を受けるためには、地方財政法第二四条但書に基づいて、個別的に当該地方公共団体の議会の同意を得ることを必要とするものと解する。
ところで大津市が本件水道料金減額措置につき、個別的な議会の同意を得ていないことは被告の明らかに争わないところである。従つて、本件水道料金減額措置は、地方財政法第二四条但書の規定する大津市議会の同意を得ていない点において、手続上の瑕疵があり、この点において違法であることを免れない。
仮に一歩を譲つて、地方財政法第二四条但書の「議会の同意」の中に「条例」をも含むと解したとしても、被告が右の条例に当ると主張する、大津市水道事業給水条例第四二条第二項には、使用料の減免をなし得る場合の要件として「市長は公益上その他特別の理由があると認めるときは」と、極めて包括的、抽象的に規定しているのであるが、かかる包括的、抽象的な規定の仕方は、地方財政法第二四条但書が使用料減免についての判断を地方公共団体の長にではなく、特に議会に委ねている趣旨を没却するものとして許されないというべきである。結局、前記水道条例第四二条第二項によつては、右第二四条但書の規定する「議会の同意」なる要件を満たすと解することは困難であるから、右条例に基づいて本件水道料金減額措置が行われたとしても、地方財政法第二四条但書の「議会の同意」があつたものと認めることはできない。
以上の理由により、本件水道料金減額措置は地方財政法第二四条但書に違反するものというべきである。
三、ところで、原告は本訴において滋賀刑務所に対する水道料金の三年間六割減額措置の差止め(地方自治法第二四二条の二第一項第一号)と、被告が右水道料金の六割分の徴収を怠つている事実の違法確認(同項第三号)とを求めている。しかし同法は右の中差止めを求める請求の要件として、「当該行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがある場合に限」つて(同項但書)これをなしうるものと定めているところ、本件水道料金減額措置は、前述したとおり、新刑務所敷地の瑕疵に対する損失補償として、当然大津市がその一般財源から支出しなければならないものを、本件水道料減額措置をもつて代えたものであり、又その額も相当と認められる以上、大津市としてはこれにより何等損害を蒙つていないのだから、前記地方自治法第二四二条の二第一項但書の要件が存在するものと認めることはできない。又怠る事実の違法確認を求める訴については、本件水道料金減額措置の実体が前述のとおりであつてみれば、被告において、水道料金を徴収すべき義務はないのだから、水道料金六割分を徴収しないことをもつて違法であるとすることはできない。
よつて原告の被告に対する本訴請求は右の理由により失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中村三郎 高橋水枝 山崎杲)